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<NEW>次の目標を設定しました<NEW> 2022/6/21 追記

多くの皆様のご支援のおかげで、クラファン開始わずか3日で目標金額を達成する事ができました!

本当にありがとうございます!支援して下さった皆様には心から感謝しています!

プロジェクトの公開日数も残っていますので、ここからは新たにゴールを設定し、次なる目標に向かって皆様と一緒に進んでいきたいと思います!



金額が60万円を超えたら
フィリピンに行って現地で『フィリピンの戦い』を解説する動画を撮りたい!! 


 

新たなプロジェクトの内容


太平洋戦争海外ロケプロジェクト第二弾の行き先は「フィリピン」にしたいと思います!



サイパン島で動画が撮れたら、次はフィリピンで動画を撮ろう!そうずっと心に決めていました。


フィリピンも太平洋戦争を語る上では外せない激戦地です。

1941年12月の太平洋戦争開戦直後、日本軍は当時アメリカの統治下にあったフィリピンへ進攻し、1942年1月に首都マニラを占領しました。

そこから2年ほど日本の統治が続くのですが、1944年10月、アメリカ軍がフィリピンに再上陸して反攻に転じます。


攻勢に出たアメリカ軍に対して日本軍も激しく抵抗し、フィリピンは地獄の戦場と化したのです。


フィリピン・レイテ島に上陸するアメリカ軍
パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1087055


特に悲惨だったのは1945年2月~3月に行われた『マニラ市街戦』です。


フィリピンの首都マニラで、日本軍は大規模なゲリラ戦を展開したのでした。当然そんな市街地が戦場となれば、罪のない多くの民間人が犠牲となってしまいます。

マニラ市街戦によって、約10万人の一般市民が命を落としたといわれています。(※厚生労働省より)


マニラ市街戦で徹底的に破壊されたマニラ
撮影者不詳 - Illustration 341 in Medical Dept., U.S. Army: Surgery in World War II: Activities of Surgical Consultants, Vol. II, Office of the Surgeon general, Dept. of the Army, Washington, D.C., 1964., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2696583による


最終的にフィリピンの戦いで命を落とした日本人は51万8千人、日本軍とアメリカ軍の戦いに参加したり巻き込まれたりして命を落としたフィリピン人は110万人に上るとされています。(※厚生労働省より)


フィリピンの戦いについても以前解説しているので、詳しくは下記の動画を観てみてください。




そんな、太平洋戦争内の中でも指折りに凄惨な『フィリピンの戦い』の爪痕をぜひ、自分の手で動画に残しておきたいと思っています。


今のところ映像に収めて皆さんに解説したいと思っているものは


✓サンチャゴ要塞

…日本統治時代にフィリピン人が残虐な方法で処刑されていたとされる要塞です。フィリピンは元アメリカ領だったこともあり、日本占領後も日本軍に対する抵抗が大きく、統治には手を焼いていました。そんな中で日本軍が非人道的にフィリピン人を処罰していたという、日本人としては目を背けたくなるような事実も動画内では話したいと思います。


マニラにあるサンチャゴ要塞
De en:User:Drumlanrig - English Wikipedia, own work of uploader, Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=838387



✓『バターン死の行進』が行われた場所

…『バターン死の行進』とは、 日本統治時代に日本軍に降伏して捕虜となったアメリカ兵・フィリピン兵を日本軍が83㎞歩いて強制的に移動させ、結果多くの犠牲者を出した事件のことです。この事件には日本軍を非難する声と擁護する声とがあり、ロケ動画では両方の側面から解説したいと思います。


バターン死の行進を批判するアメリカのポスター
パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=252668による



✓コレヒドール島

…マニラ湾に浮かぶ小さな島で、日米の激戦が繰り広げられた場所です。日本軍のフィリピン進攻を受けてアメリカ軍の指揮官であるマッカーサーはコレヒドール島に立てこもって反撃し、最後はここからオーストラリアへと撤退しています。その時に彼が発した「I shall return.」という言葉は有名です。彼はこの言葉の通り、1944年にフィリピンに戻ってきて、日本軍からコレヒドール島を奪還しました。島には日米両軍が使っていた兵器や設備が今でも残されており、戦闘の生々しさを感じられる映像をお届けできると思います。


コレヒドール島の大砲
Sonata, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=8477988による


これらをベースにして、さらにリサーチを進めていって、行く必要があると思った場所や現地で撮りたいと思った場所を加えながら動画を作成していく予定です。

「フィリピンの戦いの動画を撮るならココに行って欲しい!」などがあったら是非YouTubeのコメント欄やTwitterのDMで教えてください!!


資金の使い道



飛行機代:往復6万円(福岡↔マニラ)×2

宿泊費:ホテル1泊8000円×10泊(ルソン島以外に行くなら延長の可能性アリ)

コレヒドール島ツアー参加費:1.5万円×2

その他(現地交通費,返礼品費,CAMPFIREへの手数料17%+税など):7万円

⇒ 合計:30万円

※食費や自分たちへの給料は動画の収益からなんとかします。旅費の支援をお願いします。



※補足

また、サイパン島での動画撮影に関して「せっかくサイパン島まで行くなら、近くにあるテニアン島やグアム島でも撮影をして欲しい!」という声を多数いただきました。

テニアン島・グアム島共に日米が激しい戦闘を繰り広げた太平洋戦争激戦地のうちの一つで、特にテニアン島は原爆を搭載したB-29爆撃機が広島と長崎へ向けて飛び立った場所としても知られています。


日本人なら一度は見ておきたい、見ておかなければならない場所だと思います。


これらの島はご要望もいただいていますし、僕自身も撮影には前向きなのですが、現状ではコロナウイルスによる観光業の縮小により、サイパン島とテニアン島の便が無くなっていたり、サイパン島とグアム島の便が大幅に減って高価になってしまっていたりと撮影のハードルが少し高くなっています。

ただ、実際に撮影を行う数か月後になれば状況がガラリと変わっている可能性もあります。

残念ながら確約は出来ませんが、状況が好転すれば予算が許す限りこれらの太平洋戦争の激戦地でも撮影を行いたいと考えていますので、ぜひ追加のご支援をよろしくお願いします!



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ご挨拶

どうもドントテルミー荒井です!

私は登録者22万人のYouTubeチャンネル『大人の教養TV』を運営しています!



『大人の教養TV』では、聞いたことはあるけど詳しくは知らない、子供に質問されたらドキッとする…そんな今更聞けない一般教養を、どこよりもわかりやすく解説しています!



このプロジェクトで実現したいこと

私は今まで、日本や世界の歴史から世界情勢や時事問題、宗教や政治まで幅広く解説動画を作ってきたのですが、中でも最も力を入れて作ってきたのは、戦争の動画です。






「第一次世界大戦」の動画は59万回再生「第二次世界大戦」は計56万回再生「太平洋戦争」54万回再生と、ありがたいことに視聴者の皆様にも好評です。


特に太平洋戦争についてはシリーズ化して、「真珠湾攻撃」や「沖縄戦」「硫黄島の戦い」など、個別の戦いや作戦にまでフォーカスして多くの動画を作成してきました。


『太平洋戦争シリーズ』の動画たちです


こんなにも太平洋戦争関連の動画を多く投稿してきたのは、ひとえに私がもっと多くの人に太平洋戦争について知ってもらいたいと思っているからです。


戦争が起こった経緯は複雑で、そして戦争の内情は目を背けたくなるほど悲惨です。

ですが、なぜ戦争が起こってしまったのか、戦争はいかに悲惨だったのか、ということを一人でも多くの方に知ってもらうことで、平和な日本に生きられる。そう私は信じています。


太平洋戦争シリーズとして、今までに25本の動画を投稿したのですが、25本の動画の合計再生回数は440万回を超えています。ありがたいことに大変多くの方に視聴していただきました。




ですが、まだまだ自分にはやれることがあると思っています。



「太平洋戦争シリーズ」の動画は、図書館で本を読んで調べて、自分なりにまとめて作成したのですが、戦争というのは、本の中の出来事ではありません。


日本も含めた世界各地には、実際に戦闘を行った戦場や住人が隠れた防空壕、犠牲者が祀られた慰霊碑などがたくさんあります。


正直、太平洋戦争について自宅から伝えられることはもうほとんどありません。25本の動画で伝えきったつもりです。


ですが、自宅を出て、戦争の爪痕が残された世界各地でカメラを回せば、まだまだ伝えられることはあるのです!




こうして今は、日本にある太平洋戦争の戦跡に自ら赴き、ロケ動画という形で皆さんに戦争の悲惨さや壮絶さをリアルに伝えるべく動画制作を行っています。

昨年の夏に初めてロケ撮影を敢行しました。




場所は、太平洋戦争中に日本軍が極秘で毒ガスを製造していた、広島県「大久野島」です。




同じく広島県広島市では原爆の爆心地を巡りながら核兵器の恐ろしさについて解説しました。




今年の春には太平洋戦争屈指の激戦が行われた沖縄県へと赴きました。

沖縄戦での約3ヶ月間の激戦の様子を追った動画や、日本軍に奉仕した女子学生部隊、「ひめゆり学徒隊」についても解説しました。



ロケ動画を作成すればするほど、現地の映像をカメラに収めたい!本の内容を話しているだけでは伝わらないことが山ほどある…という思いが強くなりました。



「たった一つの原爆で街が更地になった」という文字で書かれた情報は、実際に更地になって、そこから復興した広島や長崎といった街を観てはじめて本当の意味で知ることができます。


長崎の平和祈念像。長崎での原爆犠牲者は16万人(※NHKより)にのぼる。


「沖縄の洞窟で集団自決が頻発した」という文字で書かれた情報も、実際に集団自決が起きた薄暗い洞窟を観てみることで、本当の悲痛さが伝わります。


85人(沖縄タイムスより)が集団自決した沖縄のチビチリガマ。犠牲者の半数以上が子供だった。


百聞は一見に如かずといいますが、言葉では言い表せない、現地でカメラを回して実際にみなさんに観てもらわないと伝わらないことが本当にたくさんあるのです。


ロケ動画を撮れば、本物の映像をみなさんにお届けすることができます。これこそ黒板や教科書ではなく、動画で勉強する強みであると確信しています。


なので、今後も「大人の教養TV」では、どんどん動画の強みを生かして、太平洋戦争について多くの人に伝えていきたいと思っています。




「戦争に関する現地の映像を一人でも多くの人に届けたい!」

これが私のYouTube活動の一つの大きな目標です。




ですが、日本とアメリカが戦った太平洋戦争で起きた戦いのほとんどは、その名の通り太平洋に浮かぶ島々で起きています。


太平洋戦争での日本軍の占領地域。日本国内での戦闘は少ない。
CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=284345


飢餓の島 “餓島”として有名な「ガダルカナル島の戦い」や、日本兵20万人(※戦史叢書より)が動員された「ニューギニアの戦い」、絶対国防圏を巡る天下分け目の「サイパン島の戦い」、10万人の民間人が犠牲(※東京新聞より)になった「フィリピンの戦い」等々、アメリカとの戦いの主戦場は太平洋上の島々なのです。


これらの戦いの戦跡を訪問してロケ動画を撮ろうと思うと、どうしても遠く日本を離れて太平洋上の他の国にまで足を延ばさないといけなくなります。




もちろん!世界中どこへだって行って動画を作ってやる!という気持ちです。




ですが、現実的な問題は立ちはだかります。





お金です。




太平洋の島々での撮影となると、途端に予算が厳しくなります。


今まで行ってきた国内ロケ動画は、元バックパッカーでもあるマネージャーと私二人で、なんとか貧乏旅行で乗り切ってきました。


沖縄ロケの時は、私が住む福岡から那覇まで格安の飛行機なら片道4000円くらいで、宿もマネージャーと2人1部屋で一泊3000円くらいの激安ホテルに泊まっていました。


バックパッカースタイルでのロケ撮影。飛行機はもちろん格安LCCのJetstarかPeach。

沖縄ロケで泊まったホテル(1泊3000円)で編集するマネージャー


行った先で2~4本ぐらい動画を撮るので、これでなんとか飛行機代と宿代、レンタカー代、自分のお給料を支払えるかなという感じでした。



ですが海外だとこうはいかないのです。

当然飛行機代も国内に比べてかなり高くなります。宿も日本のように安全な場所に泊まろうと思ったら1泊3000円というわけにはいきません。




それでも、どうしても太平洋戦争の戦地へ行って動画が撮りたいんです。

現地で感じ取ったままを皆さんにお話しして、そこで何が起きたのかをしっかりカメラに残しておきたいのです。

そうして完成した動画をみなさんに届けることができれば、必ず日本中の「大人の教養」はすごく高まります。そして、日本がより平和に、より良い国になることは間違いない。そう思っております。




というわけで視聴者の皆さん力を貸してほしいのです。

僕の目標のため、そしてこれからも平和な日本であり続けるために、どうか力を貸してください。



プロジェクトの内容

太平洋戦争海外ロケプロジェクト第一弾の行き先は「サイパン島」にしたいと思います!



サイパン島は日本が治めていた1944年に、日本軍とアメリカ軍との激しい地上戦が起こり、民間人を含む約6万人(※戦史叢書より)が戦没した島です。

サイパン島の戦いについては以前作った太平洋戦争シリーズで解説しているのでまだ見ていない方は下記の動画を観てみてください。




注目されがちなのは島での激戦ですが、実は太平洋戦争が起こる前までサイパン島は日本領でした。

なので、日本統治時代に造られた空港(今のサイパン国際空港)や刑務所などが残されているので、まずは戦前のサイパンの様子について動画でお伝えしたいと思っています。


そして本題のサイパン島の戦いの戦跡巡りでは、島南部のアメリカ軍上陸地点から始まり、島北部に追い込まれていった日本軍の様子を追体験できるような動画にしたいと思っています。



最終目的地、サイパン島の最北端には多くの民間人が身投げをした崖「バンザイクリフ」があります。最悪の悲劇はなぜ起きてしまったのか、現地から解説したいと思っています。



サイパン島には当時日本軍が使用していた戦車や大砲などの武器、トーチカや洞窟などの陣地が数多く残されています。今までの戦地巡りの動画と比べて、戦争というものの生々しさをより強く感じられる動画になると思います。



実施スケジュール



【1日目】

福岡→サイパンへ入国

【2日目】

サイパン島をレンタカーで下見

・サイパン国際空港

・日本刑務所跡

・アメリカ軍上陸地点

・アメリカメモリアルパーク(戦争記念博物館)

・ラストコマンドポスト

・バンザイクリフ

・スーサイドクリフ

【3日目】

(午前)レンタカーで下見

(午後)撮影開始

【4日目】

終日撮影&ライブ配信

【5日目】

予備日(PCR検査)

【6日目】

サイパン→福岡へ帰国



資金の使い道



飛行機代:往復8万円(福岡↔サイパン)×2

宿泊費:ホテル1泊8000円×5泊

交通費:レンタカー1日1万円×4日

その他(ガソリン代,返礼品費,CAMPFIREへの手数料17%+税など):6万円

⇒ 合計:30万円

※食費や自分たちへの給料は動画の収益からなんとかします。旅費の支援をお願いします。



最後に

「大人の教養TV」はまだまだパワーアップします。


世界中を飛び回って動画を作りたい!世界の様々な史跡や戦跡をわかりやすく解説したい!というのはチャンネル設立当初の大きな目標であり、夢でした。


サイパン島でのロケ費用以上にお金が集まったら、更なる海外ロケの費用に充てさせていただきます。

フィリピンやハワイ、ニューギニア島、ガダルカナル島、と太平洋の島々から、カンボジアやベトナムといった東南アジア、さらにはヨーロッパまで、まだまだ行きたいロケ先が山ほどあります。


サイパン島でのロケ動画が成功したら、これからどんどん海外に進出していく予定です!

夢の第一歩目としてサイパン島でロケを行って、必ずあなたを満足させる動画に仕上げます。




僕の夢の第一歩目を応援していただきたいです。よろしくお願いします!!



<募集方式について>
本プロジェクトはAll-or-Nothing方式で実施します。目標金額に満たない場合、計画の実行及びリターンのお届けはございません。

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