京都府在住のプロサッカー選手を目指す23歳です。大学を卒業後、関西の社会人チームに1年所属し、海外でプロとしてプレーすることを諦めきれず、この度挑戦しようと思っています!その決意をこの後の本文で書かせて頂いておりますので、ぜひ、“もっと見る”を押して見て頂きたいです‼︎

プロジェクト本文

自己紹介〜

はじめまして!

大村英梨也(おおむらえりや)と申します‼

京都府在住の23歳で、今年の4月で24歳になります

現在、海外挑戦するためにその資金を貯めるためにバイトをする日々を送っています



〜経歴〜

小学校:久御山バイソンズ

中学校:京都サンガFC U-15

高校:久御山高校サッカー部

大学:阪南大学サッカー部

2019年:ポルベニル飛鳥


サッカーとの出会いは、幼稚園の年長の時です。幼稚園の休み時間にその頃からサッカーを習っていた友達とサッカーを遊びでしたときに、「めっちゃおもろいやん」と思ってずっとボールを蹴って遊んでいて、小学校に入学する前くらいに父から「サッカーチームの練習行ってみるか?」と言われ喜んで練習参加をしに行ってそれが僕のサッカー人生の始まりです。


久御山バイソンズというチームに入りました。入った当初はうまくなかったので、先に入っていた子からからかわれたりして、サッカーがいやになり「やめたい」と親に言いました。すると「練習してうまくなってなにも言わさんくらいになれ」と言われ、そこから一生懸命練習して、みるみる内に上の学年に上がることになり、知らん間にそのからかってきていた子らがやめていて、その時「勝った」と思いました。でもそれが、自分のゴールではないので、それからもいっぱい練習して上達していき、うまくなっていくおかげでサッカーがさらに楽しくなっていき、さらに上を目指すようになりました。


「プロサッカー選手になる」という夢も自分のレベルが上がるにつれて本格的な夢へと変わっていきました。チームとしては京都1位になったり、個人としては、京都府トレセンに選ばれ、関西ナショナルトレセンにも選ばれました。


そうした経歴があったからなのか、京都サンガFC U-15に入団することができました。プロサッカーチームのジュニアユースに入ることができたので、さらに夢であるプロサッカー選手への道を歩んでいくチャンスができたので、ここで活躍してもっとうまい選手になろうと思っていました。


ですが、いきなりの挫折。

最初からうまいやつの集まりだとわかっていました。小学生の頃からトレセンなどで一緒にやってきたメンバーや、ナショトレなどでやったことのあるメンバーがチームメイトになり、今までやってきたことあるメンバーだったので、全然やれるし上にいけると思っていましたが、成長期ということもあり、体格で差をつけられ全然試合に出ることができなくなっていました。元から体は小さく今までは、技術で上回ればいいと思いプレーしていましたが、中学生になって技術で上回れなかったため、置いて行かれました。中学生は挫折を経験した時期でした。



進路を決める時期になり、僕は小学生の頃から知っていた久御山高校に行くと決めました。小学生のときに行っていた久御山バイソンズの練習しているグラウンドからすぐ近くにある高校だったので、試合など観に行く機会があってなじみのある高校でした。


久御山高校サッカー部のスタイルは観ている人を楽しませるサッカーで、バルセロナのようなサッカースタイルで、そのサッカーがしたくて久御山高校に決めました。

この学校にしてよかったと思えたのは、サッカーの技術や考え方を学べたのはもちろんのこと、人としての成長もできたことが本当によかったと思っています。今はもう定年退職されていますが、当時のサッカー部の顧問である松本先生には本当に御世話になり、感謝しています。今の僕という人間性ができたのは松本先生のおかげといっても過言ではありません。


自慢にはなりますが、NIKEの企画でNIKEFCのスペシャルトレーニング企画でサプライズゲストで来ていた山口蛍選手に「NIKE CHANCE」の1次選考免除になる選手として選んでいただきました

そういった経験もできて楽しい高校生活でした‼︎



卒業後、阪南大学に入学しました。全国でも、上位になる大学で、プロ選手を何人も輩出しているサッカー部で、レベルがすごく高かったです。


最初の頃は、Bチームにいることが多く、時には、Cチームにいたこともありました。もうあかんのかなと思うこともありましたが、プロサッカー選手になると決めてこの大学を選んだので、こんなとこで諦めてる場合じゃないと奮起して練習に取り組んでいました。すると、3回生の終わり頃にトップチームに帯同することになって4回生でトップチームに昇格しました。


トップチームに上がったものの、試合に出る機会はなく、使われる感じもありませんでした。ですが、ある練習試合で、チャンスを掴むことができ、夏にある関西選手権の試合に出場することができました。この調子でリーグ戦もどんどん出てプロの道を開いていこうと思っていましたが、その後は出ることなく、大学最後の試合も終わってしまいました。本当に悔しくて、「なんで出さんねん」って思っていましたが、それもすべて僕の力がなかっただけ。そう思って次のステージに気持ちを切り替えました。


レベルの高いとこでサッカーをできたおかげで、サッカー選手としてさらにレベルアップしたので、同期や先輩、後輩には感謝しています。


その後の進路で、リーグ戦などで出場がなかったので、プロの道はなく、どうしようかと考えました。その中で大学を卒業して、すぐ海外にいきたいと思いました。もともと海外いってサッカーで活躍するっていう目標もあったので行きたかったのですが、お金もなかったのでそれは諦め、関西の社会人2部リーグに所属していたポルベニル飛鳥に入団しました。


1年間関西2部リーグで戦い、リーグ戦2位で、関西1部リーグに昇格を決めました。



〜なぜ海外に挑戦するのか〜

ポルベニル飛鳥に入団し、プレーしている内にもっと上のレベルに行きたいと思うようになりました。


初めは、このチームと共に上に上がって行こうと思っていました。ですが、プレーしていくにつれて「このままでは選手として終わるな」っていうのを感じました。毎年昇格を果たすことができても、関西1部昇格、JFL昇格、J3昇格とプロの世界にいくのに最低でも3年かかってしまいます。3年というと僕が今23歳で、26歳にやっとJ3のステータスに辿り着けます。J3といってもプロ選手は数少ない選手しかいなくてそれ以外の選手は別で仕事をしながらプレーするという地域リーガーと変わりがありません。なので、すぐにでも上のレベルに挑戦しようと思いました。


そう思っていたときに、高校の時の同期の子が、高校卒業後、ドイツ🇩🇪に渡って2019年に4部リーグのチームに移籍して見事にプロサッカー選手になりました。そういった話を聞くとめちゃくちゃ刺激になりましたし、羨ましいなという気持ちが出てきました。僕も行動を起こして、海外に出てサッカーをしたい。それでプロになったる。という気持ちが芽生えました。


所属していたポルベニル飛鳥には本当に感謝しています。こんな僕を試合に使っていただきましたし、チームメイトも僕という人間を理解して認めてくれてすごく仲良くしていただきました。プロ化を目指すチームの挑戦と同じように僕も選手個人としてプロになるため、海外という未知の世界に飛び込んで挑戦しようと思いました。




〜オーストリアを選んだ理由〜

なぜオーストリア🇦🇹という国を選んだかと言いますと、ヨーロッパでサッカーしたいというのがあって、やっぱり日本人がいく国としてドイツでサッカーするというのが多い風潮にはなっていて、先ほども書かせていただきましたが、高校の同期がドイツ4部リーグでプレーしていることもあったり、海外のリーグはほとんどの国が10部リーグくらいまでリーグ数があって、僕みたいな経歴が対してない選手でも、チームの練習に参加してとってもらうことが簡単という言い方ではおかしいと思いますが、チーム数が多いため拾ってもらいやすいということもあるため、僕もドイツに挑戦しようかと思いました。でも、それだと下のリーグに最初入って活躍して上に行くことになりますが、年齢もそんなに若いと言える年齢ではないので年数をかけて上にいくとなると選手生命もそんな長くないと思っているので、上のレベルでサッカーをする時間が短くなってしまうということになってしまいます。


そこで、できるだけ上のチームでやらせてもらえる国、チームというのを考えて、探している中で、オーストリアという国に注目しました。オーストリアといえば、南野拓実選手が、オーストリアリーグ1部のザルツブルクというチームからチャンピオンズリーグを優勝し、クラブワールドカップを優勝し世界一になったイングランドのリバプールに移籍したこともあり、注目されました。同じザルツブルクに、奥川雅也選手も所属していて、ラピドウィーンに北川航也選手が所属していて、リーグ戦やカップ戦などで活躍していて、オーストリアで日本人選手が注目されています。そういったこともあってオーストリアでサッカーするのはいいんじゃないかと思いました。


ですが、オーストリアでサッカーするためにオーストリアのチームを紹介してくれるエージェントや代理人がほとんどおらず、行くためのつてがまったくありませんでした。そのため1度はオーストリアに行くのを断念しました。でも、国選びと代理人を探している中で、知り合いの方からオーストリアでサッカーをしている人がいてその人繋げてあげようかという奇跡的なチャンスが舞い込んできて、その方と繋げていただきました。その方の話を聞いてますます、オーストリアに行きたいと思いました。


〜資金の使い道〜

このクラウドファンディングを利用させていただき、支援していただいたお金は渡航費やオーストリアでの滞在費、VISA発給に使わせていただき、今回エージェント会社を利用して行くので、エージェント代の「代理人サポート代金」「パーソナルトレーニングサポート代金」「語学サポート代金」などに充てさせていただきます。


20年4月30日 終了

20年11月 出国

20年12月 一時帰国

21年1月 出国予定

21年5月 シーズン終了後、帰国

リターン品発送や、支援していただいた方とのカフェや食事会、サッカー教室などを行う




〜最後に〜

小学校1年生で始めたサッカーを23歳になった今も続けています。ここまで続けれたのは親のおかげだと思っています。小学生の頃からサッカーをするのにスパイクなどの道具費や遠征費などお金がすごくかかって、成長していくにつれ、かかる金額も多くなってくるため、本当に苦しい思いをさせたと思います。大学では学費でかなりのお金がかかるのにも関わらず行かせてくれて感謝しかありません。自分のしたいことをさせてくれている親に恩返しがしたい。海外でプロ選手になって、お金を稼いで、めちゃくちゃ美味しいものを食べさせてあげたい。いろんなとこへ行かせてあげたい。好きなことをさせてあげたい。この挑戦を必ず何がなんでも成功させてプロになって恩返しします。


あと、いろんな方のおかげで僕という人間が成り立っていて、ここまで成長できたと思うのでそういった方にも、恩返しがしたいです。



海外でプロ選手になって活躍すれば、日本代表に選ばれる可能性が出てきます。日の丸を背負ってプレーする日をまだ諦めていません。そのために経済的な支援をお願いします‼︎ 必ずプロ選手になります。


もし目標金額に達しなかったとしても、オーストリアに行きます‼︎


経済的な支援は頂けなかったとしても、「大村英梨也」という選手を覚えていただいて応援していただければありがたいです!




長文を読んでいただきありがとうございました‼︎


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    こんにちは!大村英梨也です!クラウドファンディングを始めて1週間が経ちました!現在、19人の方がパトロンになっていただき、100000円集まりました!支援していただいた方々、本当にありがとうございます‼︎うれしい限りです‼︎こんな僕に1週間でそれだけの方々に支援頂けた事に大変驚いています‼︎で...

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