高校2年生の秋にヨーロッパにあるモンテネグロに一か月間サッカー留学しました。そのモンテネグロでしかできない沢山の経験をしてきました。そのモンテネグロに移住し、自分の信念でもある、「人間性・謙虚さ・リスペクト・向上心・努力」を兼ね備えた選手を目指して2年後の海外プロデビューに挑戦します。

プロジェクト本文

はじめに・ご挨拶

はじめまして!高校3年生の安田 清貴です。(やすだ きよたか)

僕は、高校2年生の秋にヨーロッパにあるモンテネグロに一か月間サッカー留学しました。そのモンテネグロでしかできない体験。フィジカルの強さ・プレースピード・デュエルの大切さ。サッカー以外では、出会いの大切さ・当たり前の生活・言語の違い・努力する力。上げたらきりがないくらい沢山の経験をしてきました。

そして僕は「ヨーロッパの5大リーグでプレーしたい」と本気で思いました。

ただ、サッカーだけでは夢は絶対叶えられません。

自分の信念でもある、

「人間性・謙虚さ・リスペクト・向上心・努力」

を兼ね備えた選手像を目指して頑張ります。


経歴

川内ゴールFC→鹿児島ユナイテッドFCU-15日置→鹿児島ユナイテッドFCユース(高校2年の時に退団)→県リーグ2部ALZUA


これまでの歩み・軌跡

僕は、小学校3年生の時から友達に誘われてサッカーを始めました。小学校のときはドリブル・リフティングなどテクニックの部分を重視し、基礎の部分を徹底していました。小学6年生になった頃、僕はキャプテンに選ばれました。小学生のときは自由にのびのび楽しくサッカーに没頭していました。

中学に上がり僕は、最近できたjクラブの下部組織「鹿児島ユナイテッドFCU-15日置」に入団しました。中学1年の時には入団してすぐに上級生と一緒にトップチームでプレーさせてもらいました。その経験を活かして中学3年生になったときキャプテンを務めました。小学生とは全く違い自分の事ももちろんしっかりしないといけないうえに、チーム全体の状況(あいさつや整理整頓などサッカー以外でも)をしっかりさせないといけないと思っていました。また、能力のたかい選手や個性の強い後輩も増えてきて大変な時期もありました。ですが、そのおかげで、チームをまとめる力・キャプテンシーが身に付きとてもいい経験ができました。

進路を選択する時期になり、このままユース(U-18)に上がるか、高校サッカーで憧れの高校サッカー選手権を目指すかすごく迷いました。ユースの監督からも声をかけてもらい、なんども、中学3年の時に高校の試合にも出させていただきました。それでも、僕の中では、小学校から憧れていた高校サッカーに出たい。そんな気持ちが強かったです。しかし、けっきょく決めきれないままU-15・U--18の両監督からの勧めもあり、何か心に引っ掛かりを残しながらユースチームに入団しました。「もう決めたんだから、ここで頑張ろう」そう決めて日々頑張りました。

しかし、ユースに上がるととたんに出場機会は減りました。試合に出させてもらう為により一層練習に励むようになりました。もちろん、サッカーだけではなく勉強にもしっかり取り組みました。特待生だから、授業料は周りと比べて安かったですが、協力してくれる両親・家族にとても感謝していたので学費を無駄にしてはいけないと、どんなに練習で疲れていても、一生懸命に勉強しました。また、僕は家から電車で1時間半かけて通っていたので帰ってくるのは夜の10時。そこから、家の前の公園で毎日自主練。ときには、公園で日付が変わるまで練習に没頭していました。朝も毎日早かったのでそんな日々を必死に過ごしていました。「サッカーの神様はちゃんと見てる。頑張ろう。」自分で自分を鼓舞していました。

しかし、試合に出るのはいつも決まったメンバー。その中には学校生活で問題行動をおこしたメンバーも何人かいました。僕は、どんなに能力が高かったとしても、人間性に問題がある選手がスポーツ選手としてチームに優遇されていることに納得することができませんでした。ですが、それでも、サッカーに人一倍打ち込み努力を続けました。高校1年の冬。年末にある今年最後のカップ戦がありました。僕は、メンバーから外れBチームで登録されました。Bチームの試合が終わりAチーム、今年最後の試合を眺めていました。試合を眺めながらいつしか僕は、、

「自分のサッカーは通用しないのかもしれない、ここで夢が叶わないのなら。もうやめよう」。

と考えるようになり、冬休みが終わりそれから練習にも行かず、学校にも行かなくなりました。その時期に監督からも連絡がきたり先生からも心配の連絡がきたりしました。何度も何度も説得されましたが、僕の心は沈んだままでした。そしていつしか僕は、ずっと大好きで続けていたサッカーも嫌いになってしまいました。

それは、僕にとって本当に“どん底”でした。

家にいるときも何度か気分を変えるために自分で散歩に行ったり、親は心配してくれてなるべく外に家族と連れて行ってくれました。少ししたら何とかなるだろう。と思っていたのですが、やっぱチームに戻ることは、できませんでした。もうあのチームではサッカーをしたくない。成長できるわけがない。そんな気持が強くなり、 

両親・家族・先生とも相談し、僕はユースを退団し学校も辞めることになりました。

その時ぼくの夢の「プロサッカー選手」という夢は終わった。と思いました。

どうしたらいいんだろう。今まで僕にはサッカーしかやってこなくて他にやりたいことはない。そんな不安と絶望感で一杯いっぱいでした。ですが、親・家族から高校だけは行ってほしいと言われ、僕の地元の薩摩川内市にある通信制高校の鹿島学園高等学校(薩摩川内キャンパス)へ、転校しました。両親には本当に申し訳ないことをしたなと思っていました。ですが、そこでも勉強などやるべきことはしっかりしようと思いレポートはしっかりやりました。

その高校には今まで出会ったことないような生徒がたくさんいました。

学校に行けない子・行きたくない子、前の学校で友人とトラブルがあって転校してきた子。手には、教科書やペンではなくスマホを1日中持っている子。ピアスを開けて髪の色を金色やブルー・ピンク色に染めている子もいました。僕はものすごくビックリしました。(正直、びびりました。笑)なんとか喋ってみると優しくて面白い子もいました。中には、前の僕みたいに自分の夢をしっかり持っていて一生懸命頑張っている子や自分の学費を払う為にバイトを頑張っている子。自分のやりたいことを今、一生懸命に見つけようとしている子。今まで会ったことのない子たちでしたが、みんな1人1人が“自分”を持っていて“いい奴ら”でした。

通信高校に入ったとはいっても今まで毎日学校へ通っていたので、変わらず毎日通学していました。髪を染めたり、ピアスを開けたり(僕はしてないですけどね笑)する生徒を口うるさく注意する先生もいません。みんなの個性・自分を尊重し理解してくれて受け入れてくれる先生たちでした。

そして、その学校にはサッカーやフットサルが全く未経験の子たちがいる”同好会“がありました。中にはサッカー経験者も何人かいましたがバレー部や文科系の部活の子も入っています。まだリフティングができるどころか真っすぐボールを蹴ることすら難しい子もいました。ですが、みんなできないことに対して真剣に向き合い、心から楽しんでいました。生徒だけではなく先生も生徒と一緒になってたのしんでいます。(先生が一番楽しんでました。笑)サッカーなんて全くやったことないし上手くいかないのにみんなミニゲームになると真剣に楽しんでいました。そんなみんなの姿をみて思い出されました。

サッカーって楽しむものなんだ!

と改めて気づかされました。

それからは、サッカーがほんとに楽しくなくてサッカーなんてしたくない時期が嘘みたいに少しづつ、また楽しめるようになりました。考え方もかわりました。もちろん、勝負事に対して貪欲になるのは、大切なことです。でもサッカーをやる本心は絶対に忘れてはいけない。とみんなとサッカーをして心から実感しました。

あの時悩みながらもユースを選んだことは、決して間違いではありません。なぜなら、この選択をしていなければ、この鹿島学園のみんな・先生・お世話になったfkアドリアの関係者・モンテネグロで出会った日本人のみんな。などこんな素晴らしい出会いはありませんでした。そして貴重な留学経験をした上で得た、毎日の生活一分一秒を大切にし感謝できるようになりました。鹿島学園高校に来てから僕は大きく成長することができました。

その後、社会人チームに入りトレーニング・試合をし、フィジカルトレーナーにも見てもらっています。また高校2年の秋には先生達の勧めもあり海外(モンテネグロ)へサッカー留学をすることもできましたし、高校3年生の9月にロシアの国際大会にも出場させてもらいました。


資金の使い道

渡航費往復代                  約15万円


マネジメント費用               約110万円


その他活動費(生活費含む)


今後のスケジュールについて

2020年3月高校卒業後、モンテネグロに出発。

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  到着後 現地のチーム・ユースと合流し6月シーズン閉幕まで滞在。

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  7~8月 シーズン閉幕 (日本帰国)

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  9月 シーズン開幕 (また、モンテネグロに渡りチーム・ユースに合流しTR・TRM)

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  12月 閉幕 (日本帰国)

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  1月 モンテネグロに渡り プロテスト参加(トライアウト)

(詳しいスケジュールが分かり次第再掲載致します)


最後に

今、こうやって自分の夢・好きなことができているのは当たり前ではないと感じています。このプロジェクトを支援してくださる皆様をはじめ、家族・友人・親戚・トレーナー・サッカーを通じて出会った人たち,みんながいたからここまでこられたと思っています。ですが、まだ始まりにすぎません。世界に渡り自分にしかできない体験を色んな人達に伝えらえたらいいな。とおもっています。また、こんな姿を見て「僕も頑張りたい」「私もあんな風になりたい」などサッカーだけではなくいろんなことにチャレンジする子供たちの原点になれたらいいな。と思っています。

ご支援ご協力をよろしくお願いします。


※本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。


  • 2020/02/05 14:42

    こんにちわ!安田 清貴です。先週にプロジェクトを公開しましたが、「プロジェクトに支援したいけど支援方法がわからない!」という声がたくさんありましたので、今回は活動報告ではないですが、支援方法を説明したいと思います。~①~まず、僕のプロジェクトを開いていただいて、下のほうの「プロジェクトを支援す...

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