はじめに・ご挨拶

 このたび、批評家の杉田俊介と、日本文学研究者の櫻井信栄を編集委員とする雑誌企画、『対抗言論』を創刊します。

 いま、私たちの生活する日本社会には、さまざまな種類の差別、もしくは「ヘイト」があふれています。マスメディアやネット上だけでなく、公共の空間でも、外国人や移民に対する無意識のレイシズム、特定の民族への意図的な中傷、歴史の書き換え、性差別、障害者や生活保護受給者などへの偏見が、あとを絶ちません。

 社会制度に原因があるはずの非正規労働者の貧困問題も、本人の努力不足や「生産性」のなさ、「自己責任」として揉み消され、人として当たり前の尊厳を求める主張や運動にさえ匿名の冷笑が浴びせられる、殺伐とした世界。

 そんな状況のなかで、私たちが隣人に対する「ヘイト」を自分自身の問題として見つめ、内側から乗り越えていくための批評/文学/学問の可能性を考えるために、ささやかな雑誌をつくりたいと思いました。

 創刊号となる第1号は、「ヘイトの時代に対抗する」をテーマとし、すでに20名ほどの執筆者から原稿が集まっています。

 編集にあたっては、日本における韓国および東アジア文化研究の先駆者であり、文芸評論家の川村湊氏の協力も得つつ、今後、およそ1年に1号ずつ、法政大学出版局より刊行していく予定です(3号までは必ず刊行します)。

 雑誌の趣旨については、まずは以下の《巻頭言》をお読みください。

《巻頭言》

 私たちは今、ヘイトの時代を生きている。

 現在の日本社会では、それぞれに異なる歴史や文脈をもつレイシズム(民族差別、在日コリアン差別、移民差別)、性差別(女性差別、ミソジニー、LGBT差別)、障害者差別(優生思想)などが次第に合流し、結びつき、化学変化を起こすようにその攻撃性を日増しに強めている。

 さらにデマや陰謀論が飛び交うインターネットの殺伐とした空気、人権と民主主義を軽くみる政治風潮などが相まって、それらの差別や憎悪がすべてを同じ色に塗りつぶしていくかのようである。

 こうしたヘイトの時代はきっと長く続くだろう。

 SNSや街頭でヘイトスピーチ(差別煽動)を叫ぶ特定の者たち以外に、ヘイト感情や排外主義的な傾向をもった人々がこの国にはすでに広く存在する。私たちはその事実をもはや認めるしかない。

 在日外国人や移民を嫌悪し、社会的弱者を踏みつけにしているのは、日々の暮らしのすぐ隣にいるマジョリティのうちの誰かなのだ。いや、私たちの中で差別加害を行っていないと断言できる者などどこにいるだろう。

 本誌『対抗言論』は、ヘイトに対抗するための雑誌である。

 ヘイトに対抗する行動は日本社会の皆が気負いなく行うべきことだろう。それはもちろん、差別を被る被害者やマイノリティの人々「だけ」の課題ではない。無関心・無感覚でいられる「私たち」=マジョリティこそが取り組むべきものだ。すでに様々な抵抗や対抗の実践を積み重ねてきた人々に学びながら。

 しかしマジョリティのうち少なくない人々は、このままではいけないと感じつつも、差別反対運動やリベラルな言葉の「正しさ」に十分に乗り切れず、ある種の躊躇や無力感の中にとどまっているのではないか。様々な問題が複雑に絡み合った複合差別状況が当たり前になり、困惑し、認識が追い付かなくなっている、ということもあるだろう。

 とはいえ、そうした戸惑いや困惑をただちに消し去るのではなく、それらが自分たちの中にあることを認めながら、構造的に差別やヘイトを維持・強化してしまうマジョリティ=「私たち」が内在的に変わっていける取り組みが必要なのではないか。

 私たちはそうした形でヘイトに対抗するための一つの試みとして、ここに、批評・歴史・文学・運動などを往還するための場を作ることとした。

 思えば私たちは不要な「壁」を作ってしまっていないだろうか。たとえば現在、政治的な右派と左派、保守とリベラルの間に「壁」ができ、分断が生じているようにみえる。しかし「ヘイトを認めない」という点では、ほんとうは、お互いに課題や問いを共有できるし、繋がっていけるはずなのだ(共有可能なところを共有した上で、はじめて、本当に譲れない政治的立場の違いや差異が見えてくるだろう)。

 あるいは、学問的知性と現場感覚、言論人と大衆、有名と無名の間をたえず往還していく、ということも重要になってくるだろう(そのために本誌では、運動現場・支援現場の声も取材やインタビューなどによって取り入れていく。また「市井の生活者へいかに言葉を届けるか」ということを意識した誌面を目指す)。

 長期的には、レイシズム、性差別、障害者差別などが重なり合う場所において「複合差別社会」「複合ヘイト状況」に対抗していくような、反ヘイトのための統一戦線や総合理論が必要であり、横断的なプラットフォームが必要であるかもしれない。

 もちろん私たちのささやかな雑誌によって可能なことなど、たかが知れているだろう。しかし無力感や冷笑、諦観こそが私たちの内なる敵であり、最大の敵なのだ。「私たちが変わること」と「社会を変えること」、それは無力感や諦観に苦しめられつつも、多くの人々の取り組みや試行錯誤によって、漸進的に、少しずつかちとっていくべきものである。どんなに小さな歩みでも、どんなに時間がかかっても、それぞれの歩みをはじめるべきだろう。私たちのこのささやかな雑誌も、そのための小さな一歩である。

 私たちはこの雑誌が、誰かに救いを求めたり現状を嘆くのではなく、またわかりやすい「敵」を批判して憎悪の連鎖を強化してしまうのでもなく、偽物の対立の枠組みそのものを解体し、外に向かって開かれた言論と実践の場となり、一つの共通基盤となっていくことを願っている。(以上)


編集委員の紹介

杉田俊介(すぎた・しゅんすけ)
1975年神奈川県生まれ。批評家。法政大学大学院人文科学研究科修士課程修了。川崎市のNPO法人で障害者介助に携わりながら雑誌『フリーターズフリー』を刊行、また雑誌『ロスジェネ』に寄稿するなど、ロスジェネ論壇の書き手の一人として知られるようになる。現在、すばるクリティーク賞選考委員。著書に『フリーターにとって自由とは何か』(人文書院)、『無能力批評』(大月書店)、『宮崎駿論』(NHKブックス)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(作品社)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(毎日新聞出版)、『非モテの品格』(集英社新書)、『相模原障害者殺傷事件』(立岩真也との共著、青土社)、『東日本大震災後文学論』(共著、南雲堂)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

櫻井信栄(さくらい・のぶひで)
1974年神奈川県生まれ。日本文学研究者、日本語教師、韓国語翻訳者、小説家。法政大学大学院修士課程、漢陽大学校大学院博士課程で日本近代文学を専攻したのち忠南大学校、南ソウル大学校などで教鞭をとる。2013年から2016年までヘイトスピーチ反対と日韓友好を訴えるデモをソウルで主宰。現在都内の専門学校、日本語学校で外国人留学生に日本語と日本文学を教える。小説『吃音小説』(「三田文学」1999年冬季号)、共著『在日コリアン文学と祖国』(建国大学校アジア・ディアスポラ研究所)、『東アジア研究叢書第2巻 近代翻訳と東アジア』(東義大学校東アジア研究所)、論文『金鶴泳文学と民族差別について』(「日本文化学報」第64集)など多数。


創刊号 予定目次

(以下すべて仮題であり、順番も変更の可能性があります。)

〈座談会〉日本のヘイト社会にいかに対抗しうるのか
中沢けい+川村湊+杉田俊介+櫻井信栄

【特集①】日本のマジョリティはいかにしてヘイトに向き合えるのか

〈われわれ〉のハザードマップを更新する──誰が〈誰がネットで排外主義者になるのか〉と問うのか (倉橋耕平)

あらゆる表現はプロパガンダなのか?──汎プロパガンダ的認識の世界のなかで (藤田直哉)

〈小説〉二〇一三年 (櫻井信栄)

分断統治に加担しないために──星野智幸氏インタビュー (聞き手)杉田俊介

被差別者の自己テロル──檀廬影『僕という容れ物』論 (赤井浩太)

「ネオリベ国家ニッポン」に抗して──テロ・ヘイト・ポピュリズムの現在 (浜崎洋介)

差別の哲学について (堀田義太郎)

〈紀行文〉アジアの細道──バンコク、チェンマイ、ハノイ、ホーチミン市 (藤原侑貴)

【特集②】歴史認識とヘイト──排外主義なき日本は可能か

歪んだ眼鏡を取り換えろ (加藤直樹)

戦後史の中の「押しつけ憲法論」──そこに見られる民主主義の危うさ (賀茂道子)

沖縄の朝鮮人から見える加害とその克服の歴史 (呉世宗)

『わたしもじだいのいちぶです』をめぐって (康潤伊)

われわれの憎悪とは──「一四〇字の世界」によるカタストロフィと沈黙のパンデミック (石原真衣)

アイヌのこと、人間のこと、ほんの少しだけ (川口好美)

ヘイト・スピーチの論理構造──真珠湾とヒロシマ、加害者と被害者のあいだで (秋葉忠利)

やわらかな「棘」たち (温又柔)

【特集③】女性/LGBT/在日/移民/難民

不寛容の泥沼から解放されるために──雨宮処凜氏インタビュー (聞き手)杉田俊介

フェミニズムと「ヘイト男性」を結ぶ──「〈生きづらさ〉を生き延びるための思想」に向けて (貴戸理恵)

黄色いベスト運動──あるいは二一世紀における多数派の民衆とヘイト (大中一彌)

収容所なき社会と移民・難民の主体性 (高橋若木)

LGBTの現在──遠藤まめた氏インタビュー (聞き手)杉田俊介

NOT ALONE CAFE TOKYOの実践から──ヘイトでなく安全な場を

『対抗言論』1号のためのブックリスト (協力:ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会)


なぜクラウドファンディングするのか

 「本が売れない」と言われます。とりわけ、商業ベースに乗らない人文・社会科学系の本は、年を追うごとに印刷部数を減らし、価格が高くなっています。

 今回の雑誌では、1号あたり、多くて300頁程度、2,000円前後の定価を予定しています。しかしながら、強力な宣伝媒体などをもたない小規模な版元が、この価格で採算をとれるためには、通常の人文書読者層よりもさらに幅広い読者の手に渡り、多くの部数を販売できなければなりません。

 組版代、製版代、印刷代、用紙代、製本代、広告費や編集・営業人件費も含めると、100万円規模の予算が必要なためです。もちろん、執筆者たちへの原稿料をきちんとお支払いしていく必要があります。

 これらの製作費用全般の原資として、この雑誌の趣旨に賛同していただけるみなさまからのご厚意に期待いたします。

 現在のヘイトや差別が拡がる状況に対し何か言いたい、何かしたい、という気持ちをこの雑誌への支援に代えていただければ、ありがたく思います。

リターンについて

 どの選択肢の場合でも、本は出来上がり次第、書店配本よりも少し早めのタイミングでお届けします。

 1冊のお届けの場合、通常、送料には310円の郵便料金が必要ですが、いずれも送料込みの金額となります。詳細はリターンの欄をご覧ください。


実施スケジュール

 創刊号は、製作行程が順調に進めば、「2019年12月下旬」にお届けできる見通しです。


最後に

 みなさまからの多くのご支援、どうぞよろしくお願いいたします!


*本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

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